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ミコトの混沌写真館

森羅万象の出来事を写真で、紹介していきます。

Category: 浪速の名橋50選  

鉾流橋

鉾流橋 (0)

扉の写真は。難波橋から見た鉾流橋になります。
2枚目の写真は、鉾流橋の東側から見た難波橋です。
錦橋の南側で池田線と分岐した環状線は、難波橋を越えてから南へ曲がっていきます。

鉾流橋 (1)

鉾流橋 (2)

鉾流橋の西側から見える風景です。南側に中之島図書館が、正面には水晶橋が、そして北側には圧倒的な存在感の阪神高速、環状線が見えます。

鉾流橋 (3)

鉾流橋も歩行者天国のエリアになります。

鉾流橋 (4)

鉾流橋 (6)

普段は、意識していませんが、改めて見ると土佐堀川のを通る阪神高速、環状線は圧倒的な存在感があります。

鉾流橋 (7)

鉾流橋にもアーチの上に標識が、貼り付けてありました。

鉾流橋 (8)

鉾流橋 (9)

親柱と橋名板です。

鉾流橋 (11)

鉾流橋 (010)

鉾流橋 (10)

鉾流れ橋を後にして次の目的地、大阪市中央公会堂へと向かいます。

鉾流橋 (11)

天神祭の際行われる鉾流しの神事にちなむ橋名がつけられているため古い印象を受けるが、初めてこの地に橋が架けられたのは大正7年のこととされている。大正5年に大阪控訴院が新築されており、大正7年には中央公会堂が、同10年に大阪市庁舎が完成するなど周辺の整備が進められる中で、橋の需要が高まっていたものと思われる。
天神祭の宵宮に神鉾を川に流す行事「鉾流しの神事」は現在も鉾流橋のたもとで行われている。
現在の橋は、昭和4年完成した。高欄、照明灯、親柱など日本調にクラシックなデザインが採用されたのは天神祭の船渡御が行われることを考慮したデザインであろう。
その後、戦争中の金属供出などによって、これらの高欄、照明灯は失われたが、昭和55年に中之島地区にマッチしたクラシックなデザインの高欄や照明灯、レンガ敷きの歩道などが整備された。 (大阪市HPより引用)

写真の無断使用・転載は、ご遠慮ください。m(_ _ )m




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